弟の誕生日祝いで、久々に実家に帰った昨日のこと。
たまにしか帰ってこない息子たち(ボクと弟)をもてなそうと、テーブルの上にはたくさんのご馳走とお酒が用意されていた。両親は先に夕飯を終えていたので、テーブルを挟んだボクの向かいには弟が座り、一緒にビールを傾ける。
母さんはカウンターの向こうで女将さんのごとく次々と美味しい料理とお酒を出し、父さんはウイスキーをちびりちびり飲みながらソファに寝そべっていた。
夢を語るボクと、ボクの夢を否定する父さん
「弟の誕生日だからボクの話は控えめに」と思っていたことも、酔いが回るうちに忘れてしまったようで。ボクはまた、両親と弟にこれからの人生について語り始めた。
こうなると大抵の場合、ボクがやりたいことを1つ話すと、父さんが食い気味に「それは無理だ」と“出来ない理由”を並べ始める。その隣で母さんと弟は黙って父さんとボクの話を聞いている。
父さんとボクの会話はこんな感じ。
ボ ク:「空き家に彼女と住んで、住みながら改修してシェアハウス作る!」
父さん:「簡単に言うけど、素人に空き家改修なんて無理だ」
ボ ク:「金沢に住む拠点を1つ作ったら、次は能登にも拠点を作る!」
父さん:「田舎暮らしを甘く見るな。田舎は特有の人間関係で息苦しいぞ」
ボ ク:「冬はスノーボードをするために、蔵王や白馬にも拠点を作る!」
父さん:「夏の間の管理はどうするんだ。人が住んでない家なんてすぐにダメになるぞ」
ボ ク:。。。
父さんもボクも酔っているので、お互いにだんだんと熱くなって多少ケンカ腰になっちゃったり(反省)。気づくと時計は午前2時を指し示していた。時計の針を見て少し冷静になった時にボクはふと気づいた。
なんか夢を聞いて欲しくて話し始めたのに、いつの間にか父さんのことをどうやって言い負かしてやるか、みたいになってたなぁ、と。
「もう寝よっか」
ボクは話の目的がすり替わっていたことに気づき、昨夜はその場をお開きにした。
あくる朝、小さな幸せを噛みしめる
プーーーーーー!!!!
今朝ボクはけたたましい音に呼び起こされた。
そういえば実家に住んでいた頃はいつも、父さんはボクと弟を起こすために家の中に鳴り響くアラームを鳴らしたっけ。
昔の記憶に懐かしさを覚えながら、階段を降りる。
酔っ払って声を大きくした昨夜のことを思い出し、少し恥ずかしくなりながら、朝ごはんにしては豪華すぎる食卓を家族で囲む。
弟は食べ終わると、「ちょっと外出てくる」と言って家を出た。
ボクは実家の風呂に入り、久々に足を伸ばして湯船に浸かることに小さな幸せを覚えた。なんやかんやで、昨夜も久々に家族そろってお酒を飲めたのが楽しかったなぁ。こんな生活が続けば幸せだよなぁ。
最近歳をとったのか、しみじみと小さな幸せを噛みしめることが多い。
風呂から上がるとボクの弟は、母さんへのホワイトデーのプレゼントをわきに抱えて帰ってきた。
「ありがとう。みんなで考えてプレゼントを選んでくれたんだね。嬉しいよ」
母さんは目を細めた。
本当のことを言うと、ホワイトデーのプレゼント選びも、買いに行くのも全て弟が一人でやってくれた。母さんを喜ばせるために弟が気をまわしたのだ。出来た弟を持ったものだと、またしみじみする。
ボクは今、自分のことしか考えられていないなぁと自分の胸に手を当てつつ、しばらくは懐の深い家族や、理解のある彼女に甘えさせてもらってもいいかなと、また自分を甘やかしていた。
ボクに夢を見させたのは、いつも父さんだった
ホワイトデーのプレゼントは“ゴーフレット”とかいうお菓子だった。
極限まで薄いパンケーキ?クレープ?
ボクには何だかよく分からないけど、美味しいお菓子だ。
母さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、またボクは昨夜の続きを始めてしまった。
夢語りだ。
ボクは夢を語り、父さんは無理だと言う。
しばらくは昨夜と同じやり取りを繰り返す。
我ながら学習能力がないなぁと思う。
しかし能登で空き家を借りて、DIYしながらシェアハウスを作っているカップルの話をボクがすると、父さんは意外な言葉を発した。
「月1万円とかで能登に空き家を借りて、多少手を加えて住めるのなら探してみてもいいかもなぁ」
この言葉を聞いた時、ボクは思い出した。
父さんは昔から夢を語って母さんを困らせていたことを。
「定年を迎えたら沖縄に移住する」
「退職金で釣り船を買う」
「能登に別荘を買う」
父さんの夢はいつもボクをワクワクさせたし、その隣にはいつも困り顔をする母さんがいた。
今思えばボクが釣り好きになったのも父さんの影響だし、始めてボクをスノーボードに連れて行ってくれたのも父さんだった。ボクが料理を始めたきっかけも、親戚に手料理を振る舞う父さんの背中に憧れたからだ。
ボクは良くも悪くも父さんに似てしまったようで、ボクが次に何を言い出すか分からないと、ボクの彼女もいつも困り顔をしている。知らないうちにボクは父さんと同じことをしていたようだ。
父さんがボクの夢を否定する理由
実家からの帰り道、ボクの頭は1つの疑問でいっぱいだった。
「なぜ父さんはボクの夢をあれほど否定するのか」
そこに怒りとか悔しさの感情はひとかけらもなかった。
父さんも昔から夢を語ったし、ボクが今見ている夢の半分以上は父さんの夢と一緒だ。
なのにどうして父さんはボクの夢を否定するのか。ただただ不思議で仕方なかった。
ボクは車のハンドルを握りながら、しばらく父さんになったつもりで2日間のボクとの話し合いを振り返った。
目の前には息子がいて、目をキラキラさせながら夢を語る。
せっかく手にした公務員の安定を捨てても、田舎で暮らすことや、大好きな遊びを共有できる仲間と生活を共にするため、シェアハウスやゲストハウスを作りたいと言う。
ちゃんと生活していけるかどうか、心配な面もあるが、おそらくそれなりに生きていくのだろう。
息子の人生にあまり口出しをすべきではないのかもしれない。
でも夢を本当に叶えることができると信じている息子を、素直に応援してあげられる気持ちにはなれない。だから「無理だ。やめとけ。」って言ってしまう。
ここまで考えて、なぜ父さんはボクの夢を素直に応援する気になれないのかと思った。
そして気づいた。
父さんは実のところ、語った夢のほとんどを実現していない。
夢を語るものの、最終的にはそれを我慢したり、諦めたりしてきた。
きっとボクが夢を語るのは、父さんに「諦めた夢」を思い出させて、悔しい思いをさせているのではないか。
これはボクの想像でしかないし、父さんにこんなことを言うときっと怒らせるだろう。
ボクのこの先が本当に心配なんだと言うだろう。
だけどボクの夢を否定する父さんの目には、複雑な感情が混ざっていた気がする。ボクを心配する感情だけでなく、ボクの夢にワクワクしたり、でもちょっと羨ましかったり、悔しかったり。。。
ボクは父さんのことが大好きだし、尊敬している。
そしてわがままな父さんに愛想を尽かさずいつも優しい母さんもとっても尊敬する。
ボクは父さんの夢も叶えたい
「じゃあボクにできることは一体なんだ?」
アパートの駐車場に車を停めてから、車を降りずにしばらく考えていた。
結局のところ、父さんもボクも夢見がちだし、見ている夢の内容も似ている。
そして夢に向かって一歩を踏み出すことを恐れ、動けないでいるのも似ている。
ボクはボクの夢を否定する父さんに、何度も悔しさの感情を抱いた。
だけど父さんに反発したり、夢を諦めたりすることは、きっとボク自身も、父さんのことも幸せにはしない。
ボクができることはきっとただ一つ。
父さんの夢ごと、ボクの夢を叶えることだ。
ボクが夢に向かって進むあいだ、母さんや父さんに多少の心配はかける。
けれど二人に心配をかけるのは今に始まったことじゃない。ボクは海に潜ったり、スノーボードを担いで山に登ったりしてこれまでも二人に心配をかけてきた。
父さん、母さんへ。
「ごめん。また心配かけるわ。けどちょっと待ってて。父さんの夢もまとめて叶えるから。能登に小さな住みかを作って、一緒に釣りに行って、家族で美味しい魚を食べよう。能登の住みかには、畑を作って母さんが好きな花や野菜を育てよう。ボクと弟が車を停められるよう、実家の畑をコンクリートに変えたとき、母さんが悲しい顔をしてたのは覚えている。もう一回、畑と花壇を作ろう。で、ボクには大切な彼女がいて。そのうち新しい家族もできると思う。そしたらたぶん、今よりもっと大きい幸せをみんなで分けられるよね。それまで、ちょっと心配かけるわ。待ってて。」
バイぶ〜